ヘルス・コミュニケーション日記
もとヒヨっ子研究者の会社員2年生が、ヘルスケア領域の話題や子育て日記、趣味等思いつきで綴ります。
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TOEIC雑感
これまで特に必要なかったので受けたこと無かったんですが、
今回就職活動の一環で初めて受けてみました。

で、問題を見て???と違和感があったのでちょっと調べて
みたところ、TOEICという試験この1月から新た
に始まったというSpeaking & Writing試験
は米国では
まだ始まっていない様なので旧来のListening&Writingのみ)は
(S&W試験の公式ウェブはこちら)
以下のように揶揄されている部分があるんですねえ。
知らないこと多いなあ・・・

TOEICを批判する人:企業はTOEICをどう位置づけているのか、それはどうあるべきなのか

受験者の2人に1人は日本人!? TOEICは国際社会に通用しない

これらの指摘は、自分が試験を受けた違和感:
「TOEIC出来ても現場で使えないのと違う?」と合致してました。
まだ試験の結果が出てないのにこういうのを書くのも
何なのですが、逆に言うと結果が出てないうちに無責任に
書いてしまった方が良いネタかなとメモしておきます。

自慢でも何でも無く、かなりできたと思うのですが
(Writingの試験ほとんど+Listeninは分からないものあり)、
管理人はこっち(米国)での英語ライフ(特にフォーマルな
文章を書く作業、同僚との日常会話、目上の人との
フォーマルな会話など)でまだまだ苦労してますし。

今回受けたのはTOEFLじゃないのでアカデミックライフに
ついては保留しますが、個人的には自分自身の現状が
「TOEICが尺度として不適切」な良い傍証だな、と感じた次第。


ついでに今回、TOEIC問題についてちょっと知って深刻だなと
思うのは以下の点。

・問題はその尺度自体の不適切さ(は専門家には既に指摘
されており、根拠もあり)ではなくて、それらの声にも
関わらず変わらない、その運用や用途の問題(TOEICを
受け入れて「信仰」している側の問題)

⇒上記記事などを読むと、他に無いわけではないので、
なんらの日本的な仕組みが機能していることが推測できます。
問題や発音の改変が成されたのも管理人が米国に来た後(ごく最近)だし。
既得権益、一度決まったことを変えない文化・・・
(問題を作っているのは米国の団体ですが、管理している
のは実質日本らしいので)

・この状況を生み出した仕掛け人や推進団体が存在する
わけで、その人や団体はこの現状を知らず善意で意味の
あることをした(している)、と信じている。

⇒全体の利益や「現地でサバイバルするための英語学習」の
効果という意味ではひょっとするとその人や団体は「加害者」
かもしれないわけですが、こういうメジャーな評価尺度を
運営する母体や個人というのは、そういう危機感や加害者意識
を持ちにくいものだと思うので。

勿論こういうことを改善すべく、先にあげたSpeaking&Writing
試験が始まったのだと思いますが、TOEICが始まって以来、
長きに渡って続けられた旧来のTOEIC試験が、日本の
「使えない英語促進」の要素として機能した可能性は
否めません。

いつも色々教わっている
tfujiさんも「日本の英語教育の呪い」というエントリを
組まれていますが、自分の場合も、
自身の努力不足を棚上げして全く同感なのでした。。。

というわけで35歳、英語との格闘は続く・・・
(あ、これって単に英語力UPが思うようにいかない
おじさんの愚痴エントリ?)
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【2007/05/12 23:54】 | 英語修行 | コメント(6) |
<<Games for Health2006レポートその4 | ホーム | 35歳で亡くなった人>>
コメント
この話題は食いついておこうかな。
ぼくも以前から、TOEICの存在意義に疑問を持っていた一人です。これは、明らかに海外に出たら無力な資格です。

世界的に認知されているのは、北米ならTOEFL、イギリス・豪州・NZならIELTSですね。でも、そのTOEFLも基本的に米国での学問を想定したテストなので、題材が米国の大学生活や講義内容に著しく偏っています。

そういう意味では、元英語講師としての目から見て、IELTSの方が優れています。これは、Academic moduleとGeneral moduleに分かれていて、留学なら前者、移民・就職なら後者を要求されることが多いです。これもまた、米国の常識が世界の常識とは限らない、ましてやベストとは限らない、一つの好例と言えそうです
【2007/05/15 00:35】 URL | 南十字星☆ #-[ 編集]
南十字星☆さんコメントありがとう。

そうそう、君の登壇を期待して書いた^^。
上で「他に無いわけではない」と書いたのは
これのことね。ちゃんと書いてなかったので
紹介してくれた助かった。
どんなに英語が出来る人でもネイティブの中に
入ったら苦労するのが当たり前だと思うから、
少しでもその苦労(スタートラインに立つための
苦労、とでもいうのかな)が少なくて済むように
こういう公的な試験や尺度はあるべきだよね。

そういう意味で日本の英語教育施策を決定する
立場の関係者(文部科学省その他)の罪は
重いと思う。
君のような優秀な先生が現場にいたことは
事実だし、個人の努力次第ということも事実だが、
現場レベル個人レベルではどうしようもないことが
国全体の環境としてはあるよね。

この点に関しては偉い人たちは
No Excuseやと思う。
これは国力に関する問題であって政治家の責任
でもあるわな。
【2007/05/15 00:51】 URL | taka #-[ 編集]
英語教育の中で、何に重点を置くかというのは、かなり慎重な議論が必要だと思います。

現在の日本の義務教育における英語教育は、明らかに「読」+文法・語彙に偏っており、「話」「書」の位置づけは低いことは、多くの方の認めるところだと思います。

一方でその対極として、特に義務教育課程で英語をあまり勉強しなかった人々を中心に、「話」を中心に英語教育を再編すべきだと、強く主張する人々がいます。非常に魅力的、かつ安易で受けがいい意見です。でも、これは本当でしょうか?

大前提として考えなくてはならないのは、多くの日本人は一生英語を使わずに暮らすということです。また、英語を必要とする人々にとっては、旅行か仕事の場面であるということです。つまり、これらの英語を必要とする(可能性のある)人々のニーズを考えて模索しなければなりません。

単純に旅行において「通じればいい」レベルの英語の習得を目指すのなら、「話」偏重、文法・語彙軽視のシステムにシフトしていいのかもしれません。でも、日本の国益を考えるのなら、仕事で使用に耐える英語を目標とすべきでしょう。

英語世界で暮らせば分かるとおり、英語という言語は、その文章構成・文法力・語彙のバラエティで、教養・知性が丸分かりになってしまう言語です。英語世界でも、社会的地位が低い(適切な表現が思いつかないので申し訳ありません)人々では、話せるけど読めない・書けないというのはたくさんいます。ですから、「通じればいい」的英語は、ビジネスの場面では失笑の対象にしかなりません。国益に反します。

以上を考え合わせると、ぼくの意見は、
(1) 文法・語彙教育は減らすべきではない。
(2) 英会話学校ではないのだから、引き続き「読」を中心に据えて良い。
(3) 表現力という観点から、「書」「話」はもっと取り入れた方がよい。「読」を減らさずに。それでも、brokenよりformalな表現を中心に指導すべき。
(4) もっともっと英語の授業時間を増やせ!なんだかんだ言っても、最後はボリューム。
となります。

こんなことを言いながらも、言語学的に見て、日本語はあまりにも英語からかけ離れている(文字体系・文法体系・音声体系・文章体系)ので、日本人が他の外国人並みに英語を操れる日は永遠に来ないと、内心では半ば諦めています。
【2007/05/15 02:18】 URL | 南十字星☆ #-[ 編集]
非常に勉強になる意見ありがとう。
でも

> 大前提として考えなくてはならないのは、
> 多くの日本人は一生英語を使わずに暮らす
> ということです。

この大前提には今後の日本に関しては異議あり。

英語は世界のプラットフォームになっており、
英語を使えないことで被る不利益は
莫大です。インターネット上の言語も英語が
使えると格段に広がる。現に持続的に富を
得ている人は英語または英語で構築される
世界をうまく活用している人たち。

また、今後50年の日本の人口構成を考えると、
そして規制緩和の流れや中国・インドの台頭、
米国の思惑を勘案すると、
上記大前提のままでは日本は確実に
国力低下⇒外国からの侵略
という流れに乗る危険が増すと考えます。
どこかの漫画みたいに国家規模の地震や
災害がそれを加速する可能性もあるし。
(おいおいのんきブログにしては過激やな)

想像できないことかもしれないけど歴史上の
事実。お金だけもってて(個人の資産1500兆)
外交力も軍隊を運営する能力が無い国は
(前者は現時点で明白、後者は若い人がいなく
なり、かつ移民政策を進められない無策な現状
からも明白)
侵略される、という歴史上の事実ね。

つまり、上記の大前提に立つこと自体が間違って
いて、リークワンユーのシンガポールや
アイルランドのように
危機意識のある運営、先を見越した教育を
実現しないと今の反映は50年(おいおいまだ
俺ら生きてる可能性あるよ)続かない、という
ことだと思うのよね。

俺らの子供、孫の世代を考えると怖くなってくるよ。

というわけで英語教育は個人レベルで
ラディカルに変えるべし、という側に一票。
あ、もともと国を頼りにするのが間違い、
という大前提はあるけど。
上記過激な危惧はさておき、この辺はきっと
同意してもらえるよね。
【2007/05/15 02:44】 URL | taka #-[ 編集]
再度、登場です。しつこくてすみません。

> 英語は世界のプラットフォームになっており、
>英語を使えないことで被る不利益は莫大です。

これは当然認識しています。かつての教え子や後輩たちに「大学の教養課程で絶対やった方がいいことは何か?」と聞かれると、私はいつも、英語・統計学・情報処理の3つ、と答えていました。文系・理系関係なくです。

さて、日本の国際競争力を引き上げるための英語教育を模索するのなら、「通じればいい」的英語なんて鼻糞くらいにしかなりません。今、管理人さんや私が直面しているように、文献をガンガン読み、意見をレポートにまとめてプレゼンし・・・、ということができるレベルの英語であって初めて、国際競争力の向上に資するのです。

でも、はたして公教育で日本人の大多数にそこまでの英語力をつけさせるなんて可能でしょうか?明らかに無理です。

すると、次善の策ではあります(また、暴論だとも承知しています)が、多くの日本人が英語を使えるようにならなくても、国際的に活躍する可能性のある一握りの日本人がバリバリと英語を使いこなせるようにもっていく方が、まだマシだと思います。当然、インターネットを始めとする情報格差が生まれますが、やむをえません。これは数学教育の概念にも似ています(こちらは実学じゃないから、もっとインセンティブを与えにくいという点でさらに難しい)。

私が先のコメントで書いた、「多くの日本人は一生英語を使わずに暮らす」という前提は、より本音を言えば「この先も多くの日本人は英語を使えるようにならない」という私の確信に近い考えなのです。

シンガポールやアイルランドは、日本にとって全く参考になりません。言語と英語に対する暴露の度合いがあまりにも違いすぎます。例えば、中国語の方が、はるかに英語に近い。(この話は、ものすごく長くなるので割愛します。)
韓国語も日本語と同じくらい英語からかけ離れていますから、韓国が英語教育に“成功”したら、日本の参考になるかもしれません。

> 英語教育は個人レベルでラディカルに変えるべし

多くの英会話学校の講師たちは、「英会話を習い始めて、耳が慣れ少し話せるまでの時間は皆いっしょ。でも、受験勉強で文法や語彙をしっかりやってきた人々は、そこからの伸びが飛躍的に違う。」と口を揃えます。つまり、多くの人が「受験英語」とか揶揄する日本の英語の公教育も案外捨てたものではありません。
英語の公教育のあり方を批判するのは簡単ですが、公教育の内容をいかに変えようとも、それを生かすも殺すも結局は個人の努力と機知なんです。そこはもっとメディアでも強調されるべきですが、そんな「受けない」ことは流されないでしょうな。最後はまたメディア批判になってしまったけど、まぁいいか、このブログの中心テーマの一つだから。
【2007/05/15 23:26】 URL | 南十字星☆ #-[ 編集]
う~んなるほど。よくわかった。
結局個人に落ちていく、またはスーパーエリート
教育の方向性にあるのだねえ。あとは後者を
どれだけ仕組みが支援できるか、かな。
大学全入次代の競争原理で、そこに特化した
サービス(学校)の質が上がるのを期待する
しかないね。

個人、ということはつまり自分自身への責任も
あるけど、同時に親の責任、というのを感じるね。

言語的距離はこの本を読んで非常に納得した
経験があるので腑に落ちる話でした。
「英語を学ぶ人・教える人のために―「話せる」のメカニズム」羽藤 由美 (著) 世界思想社

南十字星☆さんの「あきらめ」という境地も
理解できる。
でもだからこそ、公教育の根本的な注力度の
見直し(絶対時間とリソースの再配分)が
必須だと思うのよねえ。だって未来を変えるには、
人材を育てるには、投資するしか無いんだもの。

上記の本にも出てくるんだけど、日本の文法や
語彙の勉強が不要だとは僕も思ってなくて、
それはむしろ成長のスパイラル上、いつもそこに
戻る必要があるくらい重要なこと。
上記の本の筆者は本当に英語力が伸びるため
には一定のレベルからもう一度文法学習に
戻らなければならないと書いてて納得できた。

それを踏まえて、実践的でネイティブ相手に
なめられずにきちんとコミュニケーションとれる
能力を養うべし、ということね。そのためには
絶対量と公教育の方向性と資源再配分が
必須。現状はネイティブスピーカーの絶対量が
不足しているし、読みにあまりに偏重しすぎてる。

話し聞くことが日常生活やサバイバルには
より必要なのに。

これは今後数十年の日本という国のサバイバルを
かけた国家事業なのだと思うけどね。

> 最後はまたメディア批判になってしまったけど、
> まぁいいか、このブログの中心テーマの一つ
> だから。

え?そうだったの^^?
まぁいいか、君たちとのシナジーで質量ともに
richになっていくことが僕の人生のテーマの
一つだから。

お付き合いに感謝。
【2007/05/16 00:23】 URL | taka #-[ 編集]
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東京都世田谷区在住のじょに~です。長年慣れ親しんだ杉並区を離れ、先月隣の区に引っ越しました(ついでにハンドルネームも会社で頂いたコードネーム?に改名^^;)。興味があるのはヘルスケア領域のビジネス、ヘルスコミュニケーション(特にメディア経由)、シリアスゲームの医療健康分野における活用、医療ドラマ、医療者患者関係、医師支援、ワークライフバランス、翻訳、子育て、映画など。数年前南カリフォルニア大学(USC)でヘルスコミュニケーションについて学びました。帰国後は企業で医療分野のビジネスに取り組んでいます。通信制MBAでMBA取得。もともと看護師ですが博士号(医学)は社会医学領域で取得。シリアスゲームによるヘルスコミュニケーションにも興味を持っています。
引越し先にも慣れ、世田谷の畑の多さに驚きつつ、近所や公園を二人の息子達と散歩しつつ考えたことや日々学んだことなど書き続けていきたいと思います。

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