英語力低下とともに大分ローカル弁(ネイティブに言わせれば
怪しい大分弁)の向上著しい今日この頃。 東京滞在中に友達にもらったUSA Today(英字新聞)を なんとなく読んでいたらDixie Chicksという カントリー&ウェスタンの3人組に関する記事が会った。 "New songs tackle serious of infertility, Alzheimer's". ウェブ上で同じ記事を探せなかったのだが、 ちょっと違うが似たような記事がここにもあった。 彼女達がやったブッシュ大統領批判と その後のバッシング、魔女狩りさながらの反応などは 映画評論家の町山さんのブログに詳しい。 「ディクシー・チックスはまだ怒っている傷ついている」 「まるでオイラの気持ちを代弁してるようだよ」
最近出されたそのニューアルバムはこちらでも視聴できます。
自分が興味を持ったのはこのニューアルバムで 歌われているというinfertility("So Hard")や Alzheimer's disease ("Silent House") の 部分だった。それぞれの歌詞は こちら(So Hard)とこちら(Silent House)を どうぞ。Dixie Chicksのリリースした歌の歌詞は こちらに豊富。 (これら2曲についての考察は後日気が向けばやります: 管理人に言わせると、これも一つの 「ポピュラーソングを通じた Entertainment Education」 ですから。) が、記事を読み進めていくうちに、彼女達がこの数年で 経験した事態:大統領批判に対して多くの脅迫が成され、 大手ラジオネットワークが放送しない、という事態の 異常さと、それでも主義主張を通し続ける彼女達の プロ意識や意地に共感したりしたのでした。 町山さんのブログのコメント欄に書いてる人がいたけど、 確かにこういうメッセージを奏でられる歌手やアーチストが 日本にはいませんね。 企業の社会的責任が問われて久しいですが、 celebrityの社会的責任、についても考える必要が あるようです。政治的に中立、というのが建前なんでしょう が、米国のような事態になっても皆さん黙ってるんでしょう か? 社会に向けてメッセージを投げる、ということの意味を 考えさせられる事件だ。 映画学校時代にロケ先として協力していただいた方から 「君らの映画は思想的な映画じゃないんだろ?」 と聞かれたときの「ええ勿論」と答えつつも、 「思想的でない映画とは逆にどんな映画か?」と 自問自答した記憶がよみがえる。 物語を作ったり、情報を加工したり、曲や詩を書くことは、 「思想的でない」状態でいられるものだろうか? 誰かに影響を与えようとして創作する人間ばかりでは ないかもしれないが、しかしそれを自分の思想が全く 入らないメッセージとして完璧に構築することが、 果たしてできるだろうか? 考える、考える。 ![]() |
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