コンビニについては、帰国直後に関空でローソンに入った。
その店内のきれいさ・清潔管理の徹底振りと
「痒いところに手がとどく商品開発」のあり方
に驚く。LAにもファミマが日本的な路線のまま進出したが、
街に馴染んでいるとはいえず、違和感があるし
お客もまばらだ。何より高い。日本の流行っている
しかも徹底したお店の有り様にしばし呆然となった。
この徹底振りと「かゆいところに手が届く丁寧さ」は、
医療などの公共サービスのインフラについても非常に
示唆的な何かを含んでいるような気がして考えた。
サービスの有り様、社会としてのゴールに日米では
違いがある。どちらがいい、というよりはどちらが
好きか、という議論なのかもしれない。一長一短は
あるが、単純に日本の仕組みが悪くて米国の仕組みが
良いと言ってしまうことが散見される日本の新聞の
特集記事には距離を置く必要があるだろう。
またサービスといえば、ホテルのベルマンが
チェックインしようとフロントに歩み寄った
客に「申し訳ありませんがお列にお並びいただいております」
といいながら、其の客に非常に「申し訳なさそうな」顔
をしていたことが印象的だった。
米国なら「あっちに並んでください」と笑顔で言って終わり
だろう。なぜ泣きそうな・申し訳なさそうな顔がそこで
一瞬でも非常な強度を持って出てくるのか?
勿論日本人としての自分はその表情の意味を理解できるが、
米国人はきっと理解できないだろうと想像がついて
印象深かったのだ。妻も同じ感想を持ったと言っていた。
自分も米国のヘルスコミュニケーション事情を見聞きし
その徹底振りと精度に酔い、日本の現状にこの1年
疑問を抱き続けてきたが、帰国中のタスクとして、以下の
ことに留意して滞在生活を送りたいと思っている。
日本式のあり方が、米国式のあり方にはない方法で
全体を補完している場面についてひとつでも多く事例を
収集する。
例えば:国民皆保険は最もいい例であろう。少子化対策も
「ここにいたる仕組み」自体に何かメリットがあったことを
まず考える必要がある。
説明しない医師も、其の方がいろいろと都合が良かったのだ。
医師も患者も。
従来からあったものの意味を再認識すると同時に、
状況や国民のニーズは流転することを厳密に理解しなければ
ならないのだろう。変化するものに対応するには、それまで
とは違う方法で対処する必要がある。
これまで東京生活⇒実家へ帰省、
という体験では得られなかった感覚を毎日感じているが、
1日1日と慣れていってしまうのだろう。
「違和感」や「ひっかかったこと」を大切にメモしていきたい。