ヤツはお座りができるようになりました。
手を前について体を保持します。これでヤツ的には
お座り完成なのでは、と思います。
キッチンカウンターにて。

これでチケットとりに前日夜からチケットセンターに
並ばせることができます(こらこら)
落語を仕込むのもいいかもしれません。
(時々ふらつくのも芸、ということで)
哀愁漂う(?)背中

といってもまだ寝返りしないんですが、
発達上、寝返りはあまり気にしなくてもいいという
通説があるようですね。ママさん流通情報としては
よく言われることなんですが。どうなでしょうか・・・
まあ、その子それぞれのスピードでいいということで。
以下、最近思ったことをつらつらと。
---------------
最近の管理人の持論は
「子育ては心配と忍耐と無上の喜び(bliss)で構成されている」
というものです。米国人の子育ての先輩達に言うと
皆納得してくれます。
発達一つとってもしかり。
やれ自分の子は普通より早い遅い、普通だちょっと変わってる、
なんて話がちょいちょい出てきます。体重はどうだ、
身長はどうだ、笑う笑わない、etc,etc,etc,,,,
管理人のように医学知識が中途半端にあると
その分心配の種も尽きません。
ヘルスコミュニケーション上も示唆的な心情です。
最近悟ったことは
「子育て(というか赤ん坊という存在)は、親の都合や
思惑とは別次元に存在している」ということです。
当たり前のことなんですが、自分にとっては非常に
意味のある悟りです。
というのも、日常子育てでイライラするのは
「どうしてこれだけしてやっているのに泣き止まないのか」
「どうしてこれだけしてやっているのに寝ないのか」
「どうしてこれだけしてやっているのに食べてくれないのか
(飲んでくれないのか)」
なんてことです。
管理人の場合は「締め切りがあるから今日くらいは
ご機嫌よく居て欲しいな」なんて勝手なことをヤツに
言い聞かせますが、そういう時に限ってフルパワーで
泣かれたりします。
理屈が通じない相手と生活することを子育てでは誰もが
体験するわけですが、イライラしたり切れそうな時に
前述した悟りを思いだせると、ある程度収まります。
前提が違うのですからこちらの理屈や努力や都合は
彼らには関係がないのです。
そうなってくるとランナーズ・ハイのように
「(気の済むまで)♪泣きな〜さ〜い〜」という
気持ちになります。(沖縄の歌、「花」ですね)
とことん付き合ってやろう、という覚悟が出来ると
こちらもイライラしなくなりヤツの泣き自体に
頓着しなくなります。抱いている時の体勢や遊びや
寝かしつけ方や歌の歌い方・選曲など、
色々試してみようという余裕が心理的に出来ます。
(勿論それでもイライラが解消できずヤツに文句を
言ってしまうことはありますが・・・)
子育て支援策を検討するための「臨床実習中」、という
気もします。
お座りできるようになり、重力という怖い存在を
考慮に入れる必要が出てきました(倒れて頭打つとか)。
事故防止に努めたいと思います。