ふう。今日は予習の合間に無理やり書きます。
それにしても昨日の講義、46ページの難解な心理学書の担当章 を必死に読み解いて改善点や内容の吟味(critique)を 書いたのに、「この章は完璧でつっこみどころがないね」って 先生、そりゃなかんべな。。。。(講義内容詳細は後日) 今日はあと9時間でゼロからプレゼンの準備をしないと いけないので必死っす。 この本はエントリと全く無関係。タイトルに引かれて。。。 さて本題に戻って。本日は今まで見てきた 医学的・ホメオパシー的な主張を参考に、親の心理について 自分なりに考えた仮説(あくまで仮説)を紹介し、合わせて メディアの功罪について少し考えます。 どうやらこのシリーズ5回か6回ですな。
すでにK先生のこれまでのコメントにもあるように、
予防接種を受けたがらない親の心理はかなりの部分、推測 できます。そこをさらに踏み込んで以下のように 整理してみました。 ------------------------------------------------ 親の心理【仮説その1】「自然志向」「体にいいものを」志向 ------------------------------------------------ 米国は現在特にそうですが、日本でも今後その傾向が 強まるであろうことの1つに、お金持ちや教養レベルの 高い層の特に女性が、自然派志向、自然回帰志向の傾向を 強く示しています(消費行動的に)。 「金持ちになる・知識を持つ⇒健康・命に執着する」? 予防接種には、 「きれいな体に悪いものを入れる」「副作用が怖い」という イメージがどうしてもあるように思います ⇒これについては口コミ・都市伝説的な情報伝播ルートも ありますが、それを加速させるのはメディアです。 メディアにとってニュースバリューがある・商品価値 があるのは、がんばっているお医者さんと順調な患者との 関係よりも、「安全と思っていたものがそうではなかった」 的なニュースです。つまりこっちの方が売れるのです。 副作用情報の報道に偏重した結果、こういうAgenda Setting (世間での話題を事実のあり方とは異なり限定する効果: 世間に注目されてない問題を解決する際には有効だが、 この場合は不適切なAgenda Settingということになります) をしてしまっている可能性は大いにあります。 メディアの功罪については後述します。 前述した親の心理ですが、特に赤ちゃんに対してはその傾向 が強まることが予想できます。つまり自分はジャンクフードを 食べていても、子供には有機野菜で、無添加食品で、 という具合です。 これは一種の母親・父親の「生理的な反応」といえるかも しれません。 1つには、特に日本における戦後〜1980年代くらいまでの 画一的な「薬漬け医療」の弊害とそれに対する反発が その背景にあると思います。 管理主義的な嫌なイメージのある(事実、そういう面は今 でも残っています)病院や医師や看護婦という存在。 必ずしも質が均等ではなく、医師から言われた心ない 言葉や、医師への不信感を助長するような体験は誰でも 持っているでしょう。これは医師側・医療側の問題であり 反省材料です。病院の持つ嫌なイメージは当時の映画や ドキュメンタリー番組等に表象されており、ヒントを得ること が可能です。抗生物質濫用の時代から、科学的検討(EBM)を 経て、選択的に使用されるようになった(使用頻度が減った) 現在に至る変化も患者は冷静に見ています(患者側が 「昔と違うこと言ってる、いい加減だな」と思っても 仕方ない面があります:最初の期待値が大きすぎるのです)。 そこへの疑問の声:「本当にそんなに(薬や予防接種が) 必要なのか?」 母親・父親のこういう心理にホメオパシーなどの(現代医学に 比べると)自然派志向の代替医療の方法論や主張が シンクロするのは自然なことかもしれません。 医師法・薬事法に縛られていないので、資本が自由に使えて、 広告も上手でわかりやすく、有名人(たいていはカッコいい 女優・作家などオピニオンリーダー的な方々)のエッセイや 体験談ベースで情報が浸透していきます。何より今まで 日本に無かった、というのがニュースバリューを持っています。 正しくは明治初期に一度輸入されているらしいのですが、 漢方の存在が大きくて米国ほどは流行らなかったようですね。 (管理人注:そういう体験談や物語による情報普及が 悪いといっているわけではありません。むしろ自分は そっちに興味があり、その効果に期待している人間です。 が、このブログでも日ごろ言っているように「両刃の剣」で ある自覚が重要だと思います。) 医療側は「コミュニケーション」「広報」「情報普及」の 時点でも分が悪いわけです。 (書いてて気付きましたが、ヘルスコミュニケーションには この「分の悪さ」を埋めるために発展した面があり、それに 特化した領域:自分の専門ですが:があります) ----------------------------- 親の心理【仮説その2】:「裏切られ感」 ----------------------------- 当然ですが、日本は1部の発展途上国のように乳幼児死亡が 日常的な国ではないので、予防接種のありがたみが 見えにくい、というのはあると思います。 つまり、「赤ん坊が元気で健康でいる」ことが 多数派を占める日本では、それがあまりに当たり前 のこととされて、そこから問題が生じることがあるように 思うのです。 (医療・公衆衛生・政府関係者の努力の勝利であり、良い ことなのですが、そのことを非難しているのでは勿論なく、 医療や医療政策は、それぞれの段階にあわせた一般向けの ヘルスコミュニケーション戦略と実践が必要なのだと いうことです:日本ではこれが不十分だと思います) つまり、親が病気や死に対する経験・意識があまりに希薄で リアリティーがないために、予防接種の必要性を 実感できないわけです。 その背景に、次のことが重なってきます。 専門家である医師に「良いこと」だと薦められて 予防接種を受けた結果、頻度は非常に低いとは 言え、副反応によってある意味「裏切られ」、最悪の場合 死に至る、という事態が生じるわけです。 K先生のコメントによれば10万人に一人程度の頻度で。 そこまで極端な副反応が無くても、 発熱や睡眠パターンの偏重、極端に寝続ける、泣き続ける、 機嫌が悪い、母乳やミルクを飲むパターンの偏重、など 様々なレベルの反応も考えられます。どれも医学的には 大したことのない反応で1,2日か1週間もすれば落ち着く 類のものです。が、子育て負担の大きい母親・父親にとって は印象が違います。 知人の赤ちゃんは予防接種をした日の 夕方、4時間火がついたように泣き続けたそうです。初めての 母親にはショックや不信感が出ても仕方がないような副反応 が生じる可能性があるわけです。でもここまで細やかには 医師から予防接種の副反応に関してインフォームド・ コンセント(説明)されていないわけですよね。 つまり、こんなはずじゃなかった、聞いていない、という 「裏切られ感」がキーワードの1つとしてあるように思うのです。 そしてひょっとするとこのことを小児科医師は 根本的なこと、大事なこと、業界挙げて取り組むべきこと だと思っていないのかもしれません。いや、思っているけど どう対処すればいいのかわからないのかもしれない。 日ごろの診療で対応しているけど、解決しない、という 気持ちかもしれない。ブレークスルーが欲しいところ かもしれません。 自分の子供で体験して初めて実感を伴ってわかること なのかもしれません。 ------------------------------------------------------ 親の心理【仮説その3】: 「ヘルスコミュニケーション場面における 医師の根拠となっているEBMの限界=『科学』の限界」 ------------------------------------------------------ 管理人自身がK先生に 「撲滅寸前のような病気の予防接種も本当に受ける必要あるの?」 という質問をしました(このシリーズその2参照)。 K先生の答えはこのエントリを参照いただければわかるの ですが、これ以外にも「社会防衛」という視点が予防接種 にはあるわけです。 健康は個人の責任なのか、国の責任なのか、という問いが 成されることがありますが、それは場合によるわけです。 仮定の話をします。SARSをさらに深刻にしたような病気が 海外から入り込んで蔓延して日本国内で死者が続発したとします。 メディアは多分、「国の防疫体制の不備」を指摘し始める でしょう。まず間違いありません。 そして国民も「国、しっかりしろ」となります。 しかし「医療費がパンク寸前なので、成人病は「生活習慣病」 という名前に変えました。皆さん個人の責任も大きいのです。 是非健康でいてください」と国から言われても「そんなの 個人の裁量でしょう」という反応をするとしたら。。。 問題が生じると国のせいにして、 都合の悪い(というか面倒くさいまたはわがままが通らない) 部分は自分では引き受けない、 という態度になってしまいがちな気がするのです(自分も含めて)。 慢性病と急性疾患(感染症)という疾病構造の違い にも注目する必要があります(急を要するものには断固とした 方針と日ごろの準備が必須なわけです)。 糖尿病で足を切断したり目が見えなくなったりしている人たち に日ごろ接していると、糖尿病を防ぐ努力の意味がわかり ますが、そうでなければ痛みも症状もない糖尿病を管理し 予防するモチベーションは低いわけです。同様のことだと 思います。 そういう意味では、感染症は国の責任が大きい領域な わけです。しかしそれを国が進めようとしているのを 「親の心理」が邪魔するわけですね。さてどこに問題が あるのでしょうか。 K先生のコメントにあったように、 自分の子が他の子に病気をうつす、しかもうつされた相手の 子はすごく体の弱い子で、病状が深刻に悪化する、なんて いう「自分の子供が加害者になる」可能性を自覚している 親御さんは、それでも予防接種を受けさせないでい続け られるのでしょうか。 K先生のコストに関する議論は、こういう風にも解釈できます。 「予防接種すべき」派の主張の現実面での意味: 10万人に一人のレベルで副作用死が発生する可能性があるが、 ほとんどの場合予防接種のおかげで病気にならずに または軽くて済む、という便益が得られる。 しかし前述したようなある程度の副反応がある。 (ホメオパシーの予防接種有害説について後述*) 「予防接種すべきでない」派の主張の現実面での意味: 例えば麻疹では、予防接種を受けていないと成長過程で ほとんどの子供がかかるが、麻疹にかかった1000人中 100人重症化する場合があって、そのうち1人2人は 死ぬこともある、というリスクを負う。 が、予防接種の副反応や未知の害、10万人に 一人の副作用死は完全に免れる、という便益が得られる。 どちらをとるか?という議論でしょう。 これが医学、つまりは科学の示せる情報なのでしょう。 *(ホメオパシーの「予防接種有害説」(上記副反応とは 異なる次元の主張がなされています:詳しくはその3へ)は 科学論文で立証されていないので、その信頼性を検討する ことが現時点ではできません。 ホメオパシーの効果や意味を医師側に認めさせるためには エビデンス(根拠となる信頼性の高い科学論文による検討) を構築する必要がありますが、 そうすると逆に「医療」となってしまい、業務独占である 医師や医師法に権利を奪われることになりかねないので、 草の根的に展開する方が「生き延びる」上での戦略として いいのかもしれません。が、予防接種有害説は何も ホメオパシーの正当性を主張せずとも立証可能な部分が あるわけで、十分実行の余地はホメオパシー側にあると 思うのですが、成されていません。 医師側、医学側が必死に妥当性の高いエビデンスを構築 することに精進している現状を鑑みるとこれは自己の正当性 を主張する上では努力不足ということになります。 生き残り戦略、という意味では、イギリスのように王室が 保護するとか特別な要素がない限り、「科学」の名の下に 駆逐される性質を持っているのは歴史が示しています。 管理人は個人的には日本で「生き延びる」のを応援したい 気持ちです。心情としてはアンビバレンツです。) ⇒2月5日追記:--------------------------------------- 書き忘れていたことを思い出したので追記します。 各種代替医療の信頼性や有害事象(副作用)について 詳しい専門家の方に昔聞いたのですが、国(厚生労働省)側は 中国のダイエット食品(薬品?)のような問題の多い (被害の大きさから言っても、メディアや世間の注目が集まるという意味でも) ものへの対応が先で、ホメオパシーのような比較的穏健な ものについては今のところ攻撃(検証?)対象にはしない 雰囲気がある、というようなことです。 それはそれで消費者の選択肢を増やす、という効果が 期待できますし、ホメオパシーを適切に使うことの意義を 感じている自分としてもOKな部分です。 が、予防接種に関することについては、5回で書いたような ことが起きてその結果、ホメオパシー側にとっても致命的な 事態へ発展する可能性があります。 以下は管理人の妄想による仮想シナリオです。 ホメオパシーを攻撃しているのではなく、こうなることを 危惧して書いていることをご理解いただければ幸いです (ホメオパシー実践者・擁護派の方へ)。 【仮想シナリオ】 様々な理由で(ホメオパシー専門家の努力だけではなく、 スキャンダルその他で国民の信頼が低下したり、副作用死が 大々的にメディアに取り上げられたり、色々な原因が 複合的に生じる可能性があります)、 ある疾患の予防接種率が極端に(またはある程度)低下したとします ⇒しばらくは問題なし(数年とか) ⇒突然、なんらかの予防接種で防げたはずの病気 (Vaccine-Preventable Disease)が大流行 (5回で紹介した百日咳のような)し、赤ちゃんや 子供達に多数の被害者(重篤な後遺症や死亡)が出る。 ⇒ホメオパシーで治せる、というのが真実だとしても 重篤な状態になった自分の子供を最後までホメオパシーを 信じて病院にいかない親がどれだけいるでしょうか? つまり病院に連れていった時点で「ホメオパシー的治療」は できなくなるわけです(親が医者や看護師に隠れてレメディ をやってれば別)。 この点、親は節操ないと、自分も親として思います。 ホメオパシーに全国的な救急体制が整備されていないことも 不安材料の一つです。救急蘇生の能力に限界がある点も 同様です。(気管切開や人工呼吸器が必要な状態の患児を どれほどの成功率でホメオパシーは救命できるのでしょうか) ⇒メディアがとりあげる(節操無く) 「○×の流行・被害者拡大はホメオパシーなどのせい!!!」 (こう主張したがる小児科医が存在するのはすでにお分かりかと) ⇒この時点で(これまた節操無く)医師という信頼性を 担保にメディアはキャンペーン状態でスクラムを組んでくる 可能性があります。ひょっとするとメディアのこの展開を 日本小児科学会など学術集団でかつ圧力団体である存在が 後援したりするかもしれません。 ⇒政治家・厚生労働省が動く ⇒検察が動く ⇒代替医療バッシングが始まる ⇒原因は自然派志向の代替医療の論理(ホメオパシー・ ナチュロパシーなど)という「神話」が構築される (ここまでの勢いの怖さは、全く業界も次元も違法性も 異なりますがライブドアつぶし(検挙)の 国家権力とメディアの「複合技」の圧倒的な 勢いをみればわかります) 注)この「神話」の構築には真実か否かは問題ではありません。 これこそがメディアの怖いところです。 一度メディアによって作られた「神話」はなかなか覆す ことができません。松本サリン事件の冤罪被害者である 河野氏が強く主張しているところです。 ⇒国家権力やその他の力で、このある1つの代替医療が 社会的に駆逐されます (米国におけるホメオパシーの歴史が、この仮想シナリオが あながち妄想でないことを示しています:社会の傍流の 体系は常に弾圧のリスクを負っている、ということでしょうか。) ⇒メディアは実は代替医療を取り上げてその普及に 貢献し、結果として上記の「神話」の言うところの「有害性」の 片棒を担いだのですが、例によってその責任を取らないまま 別の話題へ転換します。 ⇒世間はメディアが提示する「別の話題」に目を奪われて やはりその結果責任を自身で問わず外部からも問われず、 体質は変わらずまた別の業界で別の登場人物たちを対象に 同じような構造が繰り返されます。 つまり、ホメオパシー側の立場から考えて(自分が参謀に なった気分で考えると)、アンチ予防接種キャンペーンを 展開するにはそれ相応の準備をしていないと怖いですよ、 ということです。 これはつまり有害性・違法性が否定できるだけの 科学的根拠(法的な闘争になればこれしかありません) が作れているか否か、だと思います。 現在の日本では医学研究・疫学研究に基づいた学術論文、 ということになります。そういうブレーンを雇用し業界 全体のプロジェクトとして展開すべき課題です。 組織防衛戦略としてもこれは重要なことかと 勝手に思います。今のまま、穏健なまま質と勢力を伸ばす ことを考え、社会的信頼と法制度の庇護を獲得することが 理想でしょう。予防接種についてはあまり積極的にPR しない方がこれからの数年賢いのではないかと思うわけです。 管理人は医療やそれに類する知識体系の「多様性」の 価値を信じる人間ですが、その真の価値とは異なる 次元で様々なことが展開してきた歴史にも思いを馳せる 者です。その点をご理解いただければ幸いです。 -------------------------------------------追記終わり で、ここからは科学ではない感情や生き方の問題になって きます。理屈で割り切れなのが人間の人間らしい特質ですし、 理詰めの数字上のコミュニケーションだけでは成立しない のが、ヘルスコミュニケーションの常識です。 そういう意味ではリスクコミュニケーションだけでは ヘルスコミュニケーションは機能しないのです。 そこにこそナラティブ、つまり体験談や物語、という コミュニケーション手段が有効に機能する部分があるのです。 それによって「感情」が動きます。「感情」には「行動」 がついてきます。 医師の必死の説得、信頼感、日ごろの関係なども、勿論 「感情」を動かす良いツールです。 が、これが両刃の剣である点は既に述べました。 誰が、どういう意図と目的と基準を持って、それを使うか ということが重要なのです。その基準や倫理があるか否か。 そこに政治的・経済的・医学的プロパガンダとなるか、 市民の利益を考えた公平性・公益性の高い ヘルスコミュニケーションとなるかの境界があります。 (公平性・公益性は高いけど、ある分野のマイノリティを 無視したり逆に害を与える場合はありえます。 ケースバイケースですが、そのマイノリティに対する 対応と付帯して展開すれば解決できるものは○、 できないものは全体の戦略を再検討する必要があるでしょう) メディアの功罪、について書こうと思っていましたが、 時間が無くなって来たので、簡単に(明日補足します)。 自分が現時点で感じていることは以下です。 医者や代替医療者と同様、メディアの送り手・作り手も 質が様々だということです。1人の不祥事や不出来で業界 全体を批判するのはナンセンスです。 しかし確かなのはメディアは世間の認知を変えたり、 マスに向けて広く浅く情報提供したり、広報したり、 (ドラマ要素を活用したりして)感情を動かすのに 「使える」存在です。というか現代においてこれを 使わない・検討しないというのは問題解決における 戦略に不備がある、努力不足と言えるでしょう。 有用な手段として活用したければメディアの中に 信頼できる個人(会社ではなく)を見つけて 関係を構築し、地道な努力の元でメディア・アドボカシーの 可能性を探るべし。 インターネット(ウェブやブログ)などの、個人でマスに ダイレクトに情報提供できるツールとの連携も重要です。 メディアを敵と見なすのはナンセンスですし、もったいない。 一緒くたにしてしまう神話化・安易な議論をどう避けるか、 が重要でしょう。 今日のところは以上です。明日はではどうすればいいのか、 ということについて少し考えたいと思います。 さて宿題と予習に戻ります。政策を変えさせるための TVインタビューに答える(擬似的に)実習の続きです。 色々あって内容の変更を余儀なくされ弱っています。。。 readingも50ページ以上あるし、ああ・・・・ ![]() |
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