職業柄私にとって身近なものとして薬害スキャンダル(例えば、http://blog.drecom.jp/fallin_attorney/archive/58)があります。素人考えですが、そもそも医療というものは完璧なものではないので、社会的に認められた一定水準のプロセスを経てなされたものについて、結果責任を問うてしまうことは必ずしも望ましくないということを漠然と考えたことがあります。
そのときは、クラス・アクションという法的責任の追及の側面だけ考えていたんですが、特に陪審制度の下ではメディアの影響というのも大きいような気がしている今日このごろです。 あんまり関係なかったらスルーしてくださいまし。 47thさんコメント&情報ありがとうございます。
クラス・アクションという単語すら知らなかった自分 ですが、ご指摘の件、よくわかります。 医学研究という視点からも、疫学研究・ 新薬の臨床試験、治験などで起こりえる 性質の問題でもあります。 マイケル・ムーア監督が準備しているという 製薬会社バッシング映画も、どう展開するか 気になるところです。企業利益と社会貢献の バランスの問題と、一般市民の理解や世論 が不必要に誤解に基づいてクロスしてしまった 場合の責任をメディアはとらないわけですし。 (メディアに結果責任(冤罪とか)を取らせた 判例というのは米国では豊富なんでしょうか?) メディアは「マッドサイエンティスト」「悪徳商人」 ステレオタイプに科学者や製薬会社をあてはめ、 不正確・理解不足な状態でバッシングを始める 傾向にあります。結果研究が中止になったり することがありえます。 しかし当事者であるがん患者にとってはその 製薬会社や研究者の努力が命綱であることが ありえるわけです。 「科学」という完全ではない道具を信奉する 以上、これは避けられない衝突なのですが、 解決方法を模索・提示しない報道・番組作り は無責任以外の何者でもないでしょう。 そういった誤解に基づいたメディア効果で 遺伝子を考慮した疫学研究、活気的な新薬や 抗ガン剤研究に遅延や誤解が生じる、という懸念は 既に事例と共に国内でも議論されています。 注意深い準備と対処が不足していた科学者にも 問題はありますが、それだけでは解決しない メディアとの齟齬が確かにあります。 一般市民の医学医療理解(Public Understandings of Medicine) の視点からも重要なことです。 http://www.igaku-shoin.co.jp/nwsppr/n2003dir/n2543dir/n2543_03.htm メディアの影響という点では、ご指摘の通り 陪審員制度の違いはすごく大きいように自分も 思っていました。日本で陪審員制度が採用(?) されたりしたらすごいことになりそうな気もします (右向け右、の国民性・・・メディアに誘導され やすそうだし・・・) この辺からはリテラシーの問題になってきます。 誰がメディアリテラシー&ヘルスリテラシーの 醸成に責任を持つのか?教育か、医療専門家か、メディアか、政府か。子供は学校教育が、 大人は研究者を含めた医療専門家+メディアが その責務を果たすべきだろうと個人的には 考えています。 47thさんから頂いたコメントをヒントに近いうちに この周辺の情報とこういったトピックに関する 自分の立ち位置を整理したエントリを 組みたいと思います。 (JohnQ評も含めて) ![]() |
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